来青花
永井荷風
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)藤《ふぢ》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)花粉風|来《きた》れば
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)たま/\
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藤《ふぢ》山吹《やまぶき》の花早くも散りて、新樹のかげ忽ち小暗《をぐら》く、盛《さかり》久しき躑躅《つゝじ》の花の色も稍うつろひ行く時、松のみどりの長くのびて、金色《こんじき》の花粉風|来《きた》れば烟の如く飛びまがふ。月正に五月に入つて旬日を経たる頃なり。もし花卉《くわき》を愛する人のたま/\わが廃宅に訪来《とひきた》ることあらんか、蝶影《てふえい》片々たる閑庭異様なる花香《くわかう》の脉々として漂へるを知るべし。而して其香気は梅花梨花の高淡なるにあらず、丁香《ていかう》薔薇《しやうび》の清凉なるにもあらず、将又《はたまた》百合の香の重く悩ましきにも似ざれば、人或はこれを以て隣家の厨《くりや》に林檎を焼き蜂蜜を煮詰むる匂の漏来《もれきた》るものとなすべし。此れ便《すなはち》先考|来青《らいせい》山人往年|滬上《こじやう》より
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