とう》、脱走した犯罪者の末路、女を中心とする無頼漢の闘争というが如きメロドラマが流行し、いずこの舞台にもピストルの発射されないことはないようになった。
 戦争前の茶番がかった芝居には、それでも浅草という特種な雰囲気が漂っているものもたまには見られない事もなかったが、今ではそういう写実風の妙味は次第に失われて、脚色の波瀾と人物の活動とを主とする傾《かたむき》が早くも一つの類型をなしているようになった。劇場前に掲げ出される絵看板は、舞台の技芸よりも更に一層奇怪、残忍、淫褻《いんせつ》になった。絵看板と同じく脚本の名題《なだい》もまたそれに劣らぬ文字が案出されている。レヴューの名題には肉体とか絢爛《けんらん》とか誘惑とかいう文字が羅列され、演劇には姦淫、豺狼《さいろう》、貪乱といったような文字が選び出されている。
 浅草の興行街には久しく剣劇といいチャンバラといわれた闘争の劇の流行していたことは人の記憶している所である。博徒無頼漢の喧噪を主とした芝居で、その絵看板の殺伐残忍なことは、往々顔を外向《そむ》けたいくらいなものがあった。チャンバラ芝居は戦争後殆どその跡を断ったので殺伐残忍の画風は転
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