発揮する処|爰《ここ》に深甚の歓喜と悲痛を求む。われ元より世界の思想に抗せんと欲するものに非ずといへども、わが現在の生活を以てしては彼《か》のヴェルハアレンの詩に現れしが如き生命の力は時として余りに猛烈荘厳に過ぐるを如何にせん。西洋近代思潮は昔日の如くわれを昂奮刺戟せしむるに先立ちて徒《いたずら》に現在のわれを嫌悪《けんお》せしめ絶望せしむ。われは決して華々《はなばな》しく猛進奮闘する人を忌《い》むに非《あ》らず。われは唯|自《みずか》らおのれを省みて心ならずも暗く淋しき日を送りつつしかも騒《さわが》し気《げ》に嘆《なげ》かず憤《いきどお》らず悠々として天分に安んぜんとする支那の隠者の如きを崇拝すといふのみ。ここにおいて江戸時代とまた支那の文学美術とは無限の慰安を感ぜしむるに至れり。これらの事われ既に幾度《いくたび》かわが浮世絵論の中《うち》に述ぶる所ありき。
 我は今、わが体質とわが境遇とわが感情とに最も親密なるべき芸術を求めんとしつつあり。現代日本の政治並びに社会一般の事象を度外視したる世界に遊ばん事を欲せり。社会の表面に活動せざる無業《むぎょう》の人、または公人《こうじん》として
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