q、古びし寝台《ねだい》、曇りし姿見、水|溜《たま》れる手洗鉢《てあらひばち》なぞ、種々《さま/″\》の家具雑然たる一室の様、魔術の如くに現《あらは》れ候。室《へや》は屋根裏と覚しく、天井低くして壁は黒ずみたれど、彼方《かなた》此方《こなた》に脱捨《ぬぎす》てたる汚れし寝衣《ねまき》、股引《もゝひき》、古足袋《ふるたび》なぞに、思ひしよりは居心《ゐごゝろ》好き住家《すみか》と見え候。されど、そは諸君が寝藁《ねわら》打乱れたる犬小屋、若しくは糞《ふん》にまみれし鳥の巣を覗見《のぞきみ》たる時感じ給ふ心地好さに御座候。
 眺め廻す中《うち》に、女は早や帽子を脱《と》り、上衣《うはぎ》を脱ぎ、白く短き下衣《シユミーズ》一ツになりて、余が傍《かたへ》なる椅子に腰掛け、巻煙草を喫し始め候。
 余は深く腕を組みて、考古学者が沙漠に立つ埃及《エヂプト》の怪像《スフインクス》を打仰ぐが如く、黙然として其の姿を打目戍《うちまも》り候。
 見よ。彼女が靴足袋《くつたび》したる両足をば膝の上までも現《あらは》し、其の片足を片膝の上に組み載せ、下衣《したぎ》の胸ひろく、乳を見せたる半身を後《うしろ》に反《そら
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