か河下《かわしも》の彼方に、葛西橋の燈影のちらつくのを認めて、更にまた歩みつづけた。

        *

 葛西橋は荒川放水路に架せられた長橋の中で、その最も海に近く、その最も南の端《はず》れにあるものである。
 しかしそれを知ったのは、家《いえ》に帰って燈下に地図をひらき見てから後のことで。その夕、船堀橋から堤づたいに、葛西橋の灯を望んだ際には、橋の名も知らず、またそこから僅《わずか》四、五町にして放水路の堤防が、靴の先のような形をなして海の中に没していることなどは、勿論知ろうはずがなかった。
 夜は忽ち暗黒の中に眺望を遮るのみか、橋際に立てた掲示板《けいしいた》の文字さえ顔を近づけねば読まれぬほどにしていた。掲示は通行の妨害になるから橋の上で釣をすることを禁ずるというのである。しかしわたくしは橋の欄干に身を倚《よ》せ、見えぬながらも水の流れを見ようとした時、風というよりも頬《ほほ》に触《ふ》れる空気の動揺と、磯臭い匂と、また前方には一点の燈影《とうえい》も見えない事、それらによって、陸地は近くに尽きて海になっているらしい事を感じたのである。
 探険の興は勃然として湧起ってきたが
前へ 次へ
全14ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
永井 荷風 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング