、工場地の常として暗夜に起る不慮の禍《わざわい》を思い、わたくしは他日を期して、その夜は空しく帰路《きろ》を求めて、城東電車の境川停留場《さかいがわていりゅうじょう》に辿《たど》りついた。
 葛西橋の欄干には昭和三年一月|竣工《しゅんこう》としてある。もしこれより以前に橋がなかったとすれば、両岸の風景は今日よりも更に一層|寂寥《せきりょう》であったに相違ない。
 晴れた日に砂町の岸から向を望むと、蒹葭《けんか》茫々たる浮洲《うきす》が、鰐《わに》の尾のように長く水の上に横たわり、それを隔ててなお遥に、一列《いちれつ》の老松が、いずれもその幹と茂りとを同じように一方に傾けている。蘆荻《ろてき》と松の並木との間には海水が深く侵入していると見えて、漁船の帆が蘆《あし》の彼方《かなた》に動いて行く。かくの如き好景は三、四十年前までは、浅草橋場の岸あたりでも常に能《よ》く眺められたものであろう。
 わたくしは或日蔵書を整理しながら、露伴先生の『※[#「言+闌」、第4水準2−88−83]言《らんげん》』中に収められた釣魚《ちょうぎょ》の紀行をよみ、また三島政行《みしままさゆき》の『葛西志』を繙《ひ
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