う。しかしその平野は凡《すべ》て耒耜《らいし》が加えられている。立派に耕作された畠地《はたち》である。従って田園の趣はあるが野趣に至っては乏しい。しかるに戸山の原は、原とは言えども多少の高低があり、立樹《たちき》が沢山にある。大きくはないが喬木《きょうぼく》が立ち籠《こ》めて叢林《そうりん》を為した処もある。そしてその地には少しも人工が加わっていない。全く自然のままである。もし当初の武蔵野の趣を知りたいと願うものは此処《ここ》にそれを求むべきであろう。高低のある広い地は一面に雑草を以て蔽《おお》われていて、春は摘草《つみくさ》に児女《じじょ》の自由に遊ぶに適し、秋は雅人《がじん》の擅《ほしいまま》に散歩するに任《まか》す。四季の何時《いつ》と言わず、絵画の学生が此処《ここ》其処《そこ》にカンヴァスを携《たずさ》えて、この自然を写しているのが絶えぬ。まことに自然の一大公園である。最も健全なる遊覧地である。その自然と野趣とは全く郊外の他《た》の場所に求むべからざるものである。凡《およ》そ今日の勢、いやしくも余地あれば其処に建築を起す、然らずともこれに耒耜を加うるに躊躇《ちゅうちょ》しない。
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