績を担《にな》うものである。
 私は近頃|数寄屋橋外《すきやばしそと》に、虎の門|金毘羅《こんぴら》の社前に、神田|聖堂《せいどう》の裏手に、その他諸処に新設される、公園の樹木を見るよりも、通りがかりの閑地に咲く雑草の花に対して遥にいい知れぬ興味と情趣を覚えるのである。

 戸川秋骨《とがわしゅうこつ》君が『そのままの記』に霜の戸山《とやま》ヶ|原《はら》という一章がある。戸山ヶ原は旧|尾州侯御下屋舗《びしゅうこうおしもやしき》のあった処、その名高い庭園は荒されて陸軍戸山学校と変じ、附近は広漠たる射的場《しゃてきば》となっている。この辺《あたり》豊多摩郡《とよたまごおり》に属し近き頃まで杜鵑花《つつじ》の名所であったが、年々人家|稠密《ちゅうみつ》していわゆる郊外の新開町《しんかいまち》となったにかかわらず、射的場のみは今なお依然として原のままである。秋骨君|曰《いわ》く
[#ここから2字下げ]
戸山の原は東京の近郊に珍らしい広開《こうかい》した地《ち》である。目白《めじろ》の奥から巣鴨《すがも》滝《たき》の川《がわ》へかけての平野は、さらに広い武蔵野《むさしの》の趣を残したものであろ
前へ 次へ
全139ページ中99ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
永井 荷風 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング