は「赤《あか》の飯《まま》」の花の暖そうに薄赤き、「車前草《おおばこ》」の花の爽《さわやか》に蒼白《あおじろ》き、「※[#「くさかんむり/繁」の「毎」に代えて「誨のつくり」、第3水準1−91−43]※[#「くさかんむり/婁」、第3水準1−91−21]《はこべ》」の花の砂よりも小くして真白《ましろ》なる、一ツ一ツに見来《みきた》れば雑草にもなかなかに捨てがたき可憐《かれん》なる風情《ふぜい》があるではないか。しかしそれらの雑草は和歌にも咏《うた》われず、宗達《そうだつ》光琳《こうりん》の絵にも描かれなかった。独り江戸平民の文学なる俳諧と狂歌あって始めて雑草が文学の上に取扱われるようになった。私は喜多川歌麿《きたがわうたまろ》の描いた『絵本|虫撰《むしえらび》』を愛して止《や》まざる理由は、この浮世絵師が南宗《なんそう》の画家も四条派《しじょうは》の画家も決して描いた事のない極めて卑俗な草花《そうか》と昆虫とを写生しているがためである。この一例を以てしても、俳諧と狂歌と浮世絵とは古来わが貴族趣味の芸術が全く閑却していた一方面を拾取《ひろいと》って、自由にこれを芸術化せしめた大《だい》なる功
前へ
次へ
全139ページ中98ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
永井 荷風 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング