《けいおうぎじゅく》の帰りがけ始めて久米君とこの閑地へ日和下駄を踏入《ふみい》れた。猫塚の噂《うわさ》は造兵廠が取払いになって閑地の中にはそろそろ通抜ける人たちの下駄の歯が縦横に小径《こみち》をつけ始める頃から誰いうとなくいい伝えられ、既にその事は二、三の新聞紙にも記載されていたという事であった。
 私たち二人は三田通《みたどおり》に沿う外囲《そとがこい》の溝《どぶ》の縁《ふち》に立止《たちどま》って何処か這入《はい》りいい処を見付けようと思ったが、板塀には少しも破目《やぶれめ》がなく溝はまた広くてなかなか飛越せそうにも思われない。見す見す閑地の外を迂廻《うかい》して赤羽根の川端まで出て見るのも業腹《ごうはら》だし、そうかといって通過ぎた酒屋の角まで立戻って坂を登り閑地の裏手へ廻って見るのも退儀《たいぎ》である。そう思うほどこの閑地は広々としているのである。私たちはやむをえず閑地の一角に恩賜《おんし》財団|済生会《さいせいかい》とやらいう札を下げた門口《もんぐち》を見付けて、用事あり気に其処《そこ》から構内《かまえうち》へ這入って見た。構内は往来から見たと同じように寂《しん》として、更
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