大なる壮観を呈する処となす。殊に歳暮《さいぼ》の夜景の如き橋上《きょうじょう》を往来する車の灯《ひ》は沿岸の燈火と相乱れて徹宵《てっしょう》水の上に揺《ゆらめ》き動く有様銀座街頭の燈火より遥《はるか》に美麗である。
堀割の岸には処々《しょしょ》に物揚場《ものあげば》がある。市中《しちゅう》の生活に興味を持つものには物揚場の光景もまたしばし杖を留《とど》むるに足りる。夏の炎天|神田《かんだ》の鎌倉河岸《かまくらがし》、牛込揚場《うしごめあげば》の河岸などを通れば、荷車の馬は馬方《うまかた》と共につかれて、河添《かわぞい》の大きな柳の木の下《した》に居眠りをしている。砂利《じゃり》や瓦や川土《かわつち》を積み上げた物蔭にはきまって牛飯《ぎゅうめし》やすいとん[#「すいとん」に傍点]の露店が出ている。時には氷屋も荷を卸《おろ》している。荷車の後押しをする車力《しゃりき》の女房は男と同じような身仕度をして立ち働き、その赤児《あかご》をば捨児《すてご》のように砂の上に投出していると、その辺《へん》には痩《や》せた鶏が落ちこぼれた餌をも※[#「求/(餮−殄)」、第4水準2−92−54]《あさ》り
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