》って炊烟《すいえん》を棚曳《たなび》かすさま正《まさ》に江南沢国《こうなんたくこく》の趣をなす。凡《すべ》て溝渠《こうきょ》運河の眺望の最も変化に富みかつ活気を帯びる処は、この中洲の水のように彼方《かなた》此方《こなた》から幾筋の細い流れがやや広い堀割を中心にして一個所に落合って来る処、もしくは深川の扇橋《おうぎばし》の如く、長い堀割が互に交叉して十字形をなす処である。本所|柳原《やなぎわら》の新辻橋《しんつじばし》、京橋八丁堀《きょうばしはっちょうぼり》の白魚橋《しらうおばし》、霊岸島《れいがんじま》の霊岸橋《れいがんばし》あたりの眺望は堀割の水のあるいは分れあるいは合《がっ》する処、橋は橋に接し、流れは流れと相激《あいげき》し、ややともすれば船は船に突当ろうとしている。私はかかる風景の中《うち》日本橋を背にして江戸橋の上より菱形《ひしがた》をなした広い水の片側《かたかわ》には荒布橋《あらめばし》つづいて思案橋《しあんばし》、片側には鎧橋《よろいばし》を見る眺望をば、その沿岸の商家倉庫及び街上|橋頭《きょうとう》の繁華|雑沓《ざっとう》と合せて、東京市内の堀割の中《うち》にて最も偉
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