るべき風景も建築もある訳ではない。既に宝晋斎其角《ほうしんさいきかく》が『類柑子《るいこうじ》』にも「隅田川絶えず名に流れたれど加茂《かも》桂《かつら》よりは賤《いや》しくして肩落《かたおち》したり。山並《やまなみ》もあらばと願はし。目黒《めぐろ》は物ふり山坂《やまさか》おもしろけれど果てしなくて水遠し、嵯峨《さが》に似てさみしからぬ風情《ふぜい》なり。王子《おうじ》は宇治《うじ》の柴舟《しばぶね》のしばし目を流すべき島山《しまやま》もなく護国寺《ごこくじ》は吉野《よしの》に似て一目《ひとめ》千本の雪の曙《あけぼの》思ひやらるゝにや爰《ここ》も流《ながれ》なくて口惜《くちお》し。住吉《すみよし》を移奉《うつしまつ》る佃島《つくだじま》も岸の姫松の少《すくな》きに反橋《そりばし》のたゆみをかしからず宰府《さいふ》は崇《あが》め奉《たてまつ》る名のみにして染川《そめかわ》の色に合羽《かっぱ》ほしわたし思河《おもいかわ》のよるべに芥《あくた》を埋《うず》む。都府楼観音寺唐絵《とふろうかんのんじからえ》と云はんに四ツ目の鐘の裸《はだか》なる、報恩寺《ほうおんじ》の甍《いらか》[#「甍」は底本で
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