著書『都市美論』の興味ある事は既にわが随筆『大窪《おおくぼ》だより』の中《うち》に述べて置いた。エミル・マンユは都市に対する水の美を論ずる一章において、広く世界各国の都市とその河流及び江湾の審美的関係より、更に進んで運河|沼沢《しょうたく》噴水|橋梁《きょうりょう》等の細節《さいせつ》にわたってこれを説き、なおその足らざる処を補わんがために水流に映ずる市街燈火の美を論じている。
今|試《こころみ》に東京の市街と水との審美的関係を考うるに、水は江戸時代より継続して今日《こんにち》においても東京の美観を保つ最も貴重なる要素となっている。陸路運輸の便《べん》を欠いていた江戸時代にあっては、天然の河流たる隅田川《すみだがわ》とこれに通ずる幾筋の運河とは、いうまでもなく江戸商業の生命であったが、それと共に都会の住民に対しては春秋四季の娯楽を与え、時に不朽の価値ある詩歌《しいか》絵画をつくらしめた。しかるに東京の今日市内の水流は単に運輸のためのみとなり、全く伝来の審美的価値を失うに至った。隅田川はいうに及ばず神田のお茶の水|本所《ほんじょ》の竪川《たてかわ》を始め市中《しちゅう》の水流は、最早《
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