吹通《ふきかよ》う星の下《した》なる一大|勧工場《かんこうば》にひとしいではないか。
都下の樹木にして以上の外《ほか》なお有名なるは青山練兵場内のナンジャモンジャの木、本郷西片町《ほんごうにしかたまち》阿部伯爵家の椎《しい》、同区|弓町《ゆみちょう》の大樟《おおくすのき》、芝三田《しばみた》蜂須賀《はちすか》侯爵邸の椎なぞがある。煩《わずらわ》しければ一々述べず。
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第四 地図
蝙蝠傘《こうもりがさ》を杖に日和下駄《ひよりげた》を曳摺《ひきず》りながら市中《しちゅう》を歩む時、私はいつも携帯に便なる嘉永板《かえいばん》の江戸切図《えどきりず》を懐中《ふところ》にする。これは何も今時出版する石版摺《せきばんずり》の東京地図を嫌って殊更《ことさら》昔の木版絵図を慕うというわけではない。日和下駄曳摺りながら歩いて行く現代の街路をば、歩きながらに昔の地図に引合せて行けば、おのずから労せずして江戸の昔と東京の今とを目《ま》のあたり比較対照する事ができるからである。
例えば牛込弁天町辺《うしごめべんてんちょうへん》は道路取りひろげのため近頃全く面目を異《こと》にし
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