には対岸の土手を越して九段の高台、右には造兵廠《ぞうへいしょう》の樹木と並んで牛込《うしごめ》市《いち》ヶ|谷《や》辺《へん》の木立を見る。その間を流れる神田川は水道橋より牛込|揚場辺《あげばへん》の河岸《かし》まで、遠いその眺望のはずれに、われらは常に富嶽とその麓の連山を見る光景、全く名所絵と異る所がない。しかして富嶽の眺望の最も美しきはやはり浮世絵の色彩に似て、初夏晩秋の夕陽《せきよう》に照されて雲と霞は五色《ごしき》に輝き山は紫に空は紅《くれない》に染め尽される折である。
当世人《とうせいじん》の趣味は大抵日比谷公園の老樹に電気燈を点じて奇麗奇麗と叫ぶ類《たぐい》のもので、清夜《せいや》に月光を賞し、春風《しゅんぷう》に梅花を愛するが如く、風土固有の自然美を敬愛する風雅の習慣今は全く地を払ってしまった。されば東京の都市に夕日が射《さ》そうが射すまいが、富士の山が見えようが見えまいがそんな事に頓着するものは一人もない。もしわれらの如き文学者にしてかくの如き事を口にせば文壇は挙《こぞ》って気障《きざ》な宗匠《そうしょう》か何ぞのように手厳《てひど》く擯斥《ひんせき》するにちがいない
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