、本所竪川《ほんじょたてかわ》、同じく本所|五《いつ》ツ目《め》羅漢寺《らかんじ》、千住《せんじゅ》、目黒、青山竜巌寺《あおやまりゅうがんじ》、青山|穏田水車《おんでんすいしゃ》、神田駿河台《かんだするがだい》、日本橋橋上《にほんばしきょうじょう》、駿河町越後屋店頭《するがちょうえちごやてんとう》、浅草本願寺《あさくさほんがんじ》、品川御殿山《しながわごてんやま》、及び小石川の雪中《せっちゅう》である。私はまだこれらの錦絵をば一々実景に照し合した事はない。それ故例えば深川万年橋あるいは本所竪川辺より江戸時代においても果して富士を望み得たか否かを知る事が出来ない。しかし北斎及びその門人|昇亭北寿《しょうていほくじゅ》また一立斎広重《いちりゅうさいひろしげ》らの古版画は今日なお東京と富士山との絵画的関係を尋ぬるものに取っては絶好の案内たるやいうを俟《ま》たない。北寿が和蘭陀風《オランダふう》の遠近法を用いて描いたお茶の水の錦絵はわれら今日|目《ま》のあたり見る景色と変りはない。神田聖堂《かんだせいどう》の門前を過ぎてお茶の水に臨む往来の最も高き処に佇《たたず》んで西の方《かた》を望めば、左
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