するに適している。夕陽影裏落葉を踏んで歩めば、江湖淪落《ごうこりんらく》の詩人ならざるもまた多少の感慨なきを得まい。
ここに夕陽《せきよう》の美と共に合せて語るべきは、市中より見る富士山の遠景である。夕日に対する西向きの街からは大抵富士山のみならずその麓に連《つらな》る箱根《はこね》大山《おおやま》秩父《ちちぶ》の山脈までを望み得る。青山一帯の街は今なお最もよくこの眺望に適した処で、その他|九段坂上《くだんざかうえ》の富士見町通《ふじみちょうどおり》、神田駿河台《かんだするがだい》、牛込寺町辺《うしごめてらまちへん》も同様である。
関西の都会からは見たくも富士は見えない。ここにおいて江戸児《えどっこ》は水道の水と合せて富士の眺望を東都の誇《ほこり》となした。西に富士ヶ根東に筑波《つくば》の一語は誠によく武蔵野の風景をいい尽したものである。文政年間|葛飾北斎《かつしかほくさい》『富嶽三十六景』の錦絵《にしきえ》を描《えが》くや、その中《うち》江戸市中より富士を望み得る処の景色《けいしょく》凡《およ》そ十数個所を択んだ。曰《いわ》く佃島《つくだじま》、深川万年橋《ふかがわまんねんばし》
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