ね》の漏《も》るるを聞きつけて、私は西洋人の生活をば限りもなく不思議に思ったことがあった。

 近頃日和下駄を曳摺《ひきず》って散歩する中《うち》、私の目についた崖は芝二本榎《しばにほんえのき》なる高野山《こうやさん》の裏手または伊皿子台《いさらごだい》から海を見るあたり一帯の崖である。二本榎高野山の向側《むこうがわ》なる上行寺《じょうぎょうじ》は、其角《きかく》の墓ある故に人の知る処である。私は本堂の立っている崖の上から摺鉢《すりばち》の底のようなこの上行寺の墓地全体を覗《のぞ》き見る有様をば、其角の墓|諸共《もろとも》に忘れがたく思っている。白金《しろかね》の古刹《こさつ》瑞聖寺《ずいしょうじ》の裏手も私には幾度《いくたび》か杖を曳くに足るべき頗《すこぶ》る幽邃《ゆうすい》なる崖をなしている。
 麻布赤坂《あざぶあかさか》にも芝同様崖が沢山ある。山の手に生れて山の手に育った私は、常にかの軽快|瀟洒《しょうしゃ》なる船と橋と河岸《かし》の眺《ながめ》を専有する下町《したまち》を羨むの余り、この崖と坂との佶倔《きっくつ》なる風景を以て、大《おおい》に山の手の誇とするのである。『隅田川両
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