一六《いちろく》先生の邸宅にまだ部屋住《へやずみ》の身であったのだ。丁度その時分私も一時父の住まった官舎がこの近くにあったので、憲法発布当時の淋しい麹町の昔をいろいろと追想する事ができる。一年ほど父の住《すま》っておられた某省の官宅もその庭先がやはり急な崖になっていて、物凄いばかりの竹藪《たけやぶ》であった。この竹藪には蟾蜍《ひきがえる》のいた事これまた気味悪いほどで、夏の夕《ゆうべ》まだ夜にならない中から、何十匹となく這《は》い出して来る蟾蜍に庭先は一面|大《おおき》な転太石《ごろたいし》でも敷詰めたような有様になる。この庭先の崖と相対しては、一筋の細い裏通を隔てて独逸《ドイツ》公使館の立っている高台の背後《うしろ》がやはり樹木の茂った崖になっていた。私は寒い冬の夜《よ》なぞ、日本伝来の迷信に養われた子供心に、われにもあらず幽霊や何かの事を考え出して一生懸命に痩我慢《やせがまん》しつつ真暗《まっくら》な廊下を独り厠《かわや》へ行く時、その破れた窓の障子から向《むこう》の崖なる木立《こだち》の奥深く、巍然《ぎぜん》たる西洋館の窓々に燈火の煌々《こうこう》と輝くのを見、同時にピアノの音《
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