束《たば》ねた西洋の新聞か雑誌のようなものの片端《かたはし》が見えたので、私はそっと首を延して差覗《さしのぞ》くと、いずれも大部のものと思われる種々なる洋書が座敷の壁際《かべぎわ》に高く積重ねてあるらしい様子であった。世間には往々読まざる書物をれいれいと殊更《ことさら》人の見る処に飾立《かざりた》てて置く人さえあるのに、これはまた何という一風変った癇癖《かんぺき》であろう。私は『柵草紙《しがらみぞうし》』以来の先生の文学とその性行について、何とはなく沈重《ちんちょう》に考え始めようとした。あたかもその時である。一際《ひときわ》高く漂《ただよ》い来る木犀《もくせい》の匂と共に、上野の鐘声《しょうせい》は残暑を払う凉しい夕風に吹き送られ、明放した観潮楼上に唯一人、主人を待つ間《ま》の私を驚かしたのである。
 私は振返って音のする方を眺めた。千駄木《せんだぎ》の崖上《がけうえ》から見る彼《か》の広漠たる市中の眺望は、今しも蒼然たる暮靄《ぼあい》に包まれ一面に煙り渡った底から、数知れぬ燈火《とうか》を輝《かがやか》し、雲の如き上野谷中の森の上には淡い黄昏《たそがれ》の微光をば夢のように残してい
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