事があった。日中はまだ残暑の去りやらぬ初秋《しょしゅう》の夕暮であった。先生は大方御食事中でもあったのか、私は取次の人に案内されたまま暫《しばら》くの間唯一人この観潮楼の上に取残された。楼はたしか八畳に六畳の二間《ふたま》かと記憶している。一間《いっけん》の床《とこ》には何かいわれのあるらしい雷《らい》という一字を石摺《いしずり》にした大幅《たいふく》がかけてあって、その下には古い支那の陶器と想像せられる大きな六角の花瓶《かへい》が、花一輪さしてないために、かえってこの上もなく厳格にまた冷静に見えた。座敷中にはこの床の間の軸と花瓶の外《ほか》は全く何一つ置いてないのである。額もなければ置物もない。おそるおそる四枚立の襖《ふすま》の明放《あけはな》してある次の間《ま》を窺《うかが》うと、中央《まんなか》に机が一脚置いてあったが、それさえいわば台のようなもので、一枚の板と四本の脚があるばかり、抽出《ひきだし》もなければ彫刻のかざりも何もない机で、その上には硯《すずり》もインキ壺も紙も筆も置いてはない。しかしその後《うしろ》に立てた六枚屏風《ろくまいびょうぶ》の裾《すそ》からは、紐《ひも》で
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