なき行衛《ゆくえ》をも見極められる。左手には上野谷中《うえのやなか》に連る森黒く、右手には神田下谷浅草へかけての市街が一目に見晴され其処《そこ》より起る雑然たる巷《ちまた》の物音が距離のために柔げられて、かのヴェルレエヌが詩に、
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かの平和なる物のひびきは
街《まち》より来る……
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といったような心持を起させる。
当代の碩学《せきがく》森鴎外《もりおうがい》先生の居邸《きょてい》はこの道のほとり、団子坂《だんござか》の頂《いただき》に出ようとする処にある。二階の欄干《らんかん》に彳《たたず》むと市中の屋根を越して遥に海が見えるとやら、然るが故に先生はこの楼を観潮楼《かんちょうろう》と名付けられたのだと私は聞伝えている。[#ここから割り注]団子坂をば汐見坂という由後に人より聞きたり。[#ここで割り注終わり]度々私はこの観潮楼に親しく先生に見《まみ》ゆるの光栄に接しているが多くは夜になってからの事なので、惜しいかな一度《ひとたび》もまだ潮《うしお》を観《み》る機会がないのである。その代り、私は忘れられぬほど音色《ねいろ》の深い上野の鐘を聴いた
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