》の名がある位で、崖の最も絵画的なる実例とすべきものである。
小石川春日町《こいしかわかすがまち》から柳町《やなぎちょう》指《さす》ヶ|谷《や》町《ちょう》へかけての低地から、本郷《ほんごう》の高台《たかだい》を見る処々《ところどころ》には、電車の開通しない以前、即ち東京市の地勢と風景とがまだ今日ほどに破壊されない頃には、樹《き》や草の生茂《おいしげ》った崖が現れていた。根津《ねづ》の低地から弥生《やよい》ヶ|岡《おか》と千駄木《せんだぎ》の高地を仰げばここもまた絶壁である。絶壁の頂《いただき》に添うて、根津|権現《ごんげん》の方から団子坂《だんござか》の上へと通ずる一条の路がある。私は東京中の往来の中《うち》で、この道ほど興味ある処はないと思っている。片側《かたかわ》は樹と竹藪に蔽われて昼なお暗く、片側はわが歩む道さえ崩れ落ちはせぬかと危《あやぶ》まれるばかり、足下《あしもと》を覗《のぞ》くと崖の中腹に生えた樹木の梢《こずえ》を透《すか》して谷底のような低い処にある人家の屋根が小さく見える。されば向《むこう》は一面に遮《さえぎ》るものなき大空かぎりもなく広々として、自由に浮雲の定め
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