蛛tと幾多の僧侶の行列に送られて、あの門の下を潜《くぐ》って行った目覚しい光景に接した事があった。今や 〔De'mocratie〕《デモクラシイ》 と Positivisme《ポジチビズム》 の時勢は日一日に最後の美しい歴史的色彩を抹殺して、時代に後《おく》れた詩人の夢を覚さねば止むまいとしている。

        *

 安藤坂《あんどうざか》は平かに地ならしされた。富坂《とみざか》の火避地《ひよけち》には借家《しゃくや》が建てられて当時の名残《なごり》の樹木二、三本を残すに過ぎない。水戸藩邸《みとはんてい》の最後の面影《おもかげ》を止《とど》めた砲兵工廠《ほうへいこうしょう》の大きな赤い裏門は何処へやら取除《とりの》けられ、古びた練塀《ねりべい》は赤煉瓦に改築されて、お家騒動の絵本に見る通りであったあの水門《すいもん》はもう影も形もない。
 表町《おもてまち》の通りに並ぶ商家も大抵は目新しいものばかり。以前この辺の町には決して見られなかった西洋小間物屋、西洋菓子屋、西洋料理屋、西洋文具店、雑誌店の類《たぐい》が驚くほど沢山出来た。同じ糸屋や呉服屋の店先にもその品物はすっかり変ってい
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