フ名高い尊い墳墓も今は荒れるがままに荒れ果て、土塀の崩れた土から生えた灌木や芒《すすき》の茂りまたは倒れた石の門に這いまつわる野蔦《のづた》の葉が無常を誘う夕風にそよぎつつ折々軽い響を立てるのが何ともいえぬほど物寂しく聞
きなされた。
 伝説によれば水戸黄門《みとこうもん》が犬を斬ったという寺の門だけは、幸にして火災を逃れたが、遠く後方に立つ本堂の背景がなくなってしまったので、美しく彎曲した彫刻の多いその屋根ばかりが、独りしょんぼりと曇った空の下に取り残されて立つ有様かえって殉死《じゅんし》の運命に遇わなかったのを憾《うら》み悲しむように見られた。門の前には竹矢来《たけやらい》が立てられて、本堂|再建《さいこん》の寄附金を書連《かきつら》ねた生々しい木札が並べられてあった。本堂は間もなく寄附金によって、基督《キリスト》新教の会堂の如く半分西洋風に新築されるという話……ああ何たる進歩であろう。
 私は記憶している。まだ六ツか七ツの時分、芝の増上寺から移ってこの伝通院の住職になった老僧が、紫の紐をつけた長柄《ながえ》の駕籠《かご》に乗り、随喜の涙に咽《むせ》ぶ群集の善男善女《ぜんなんぜんに
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