付し、菊五郎と源之助との技芸化を経て、遂に一時代の特色を作らしめた天才である。毒婦は如何なる彼の著作にも世話物と云へば必ず現はれて来る重要なる人物である。観客はこの人物の悪徳的活動範囲の広ければ広いだけ、所謂《いはゆる》芝居らしい快感と興味とを感ずる。そして勧善懲悪の名の下《もと》に一篇の結末に至つて此等の人物が惨殺|若《も》しくは所刑せられるのに対して、英雄的悲壮美を経験するのである。
毒婦の第一の資格は美人でなければならぬ。其れも軽妙で、清洒《せいしや》で、すね気味な強みを持つてゐる美人でなければならぬ。其れ故、毒婦が遺憾なく其の本領を発揮する場合には観客は道義的批判を離れて、全く芸術的快感に酔《ゑ》ひ、毒婦の迫害に遭遇する良民の暗愚遅鈍を嘲笑する。「木間星箱根鹿笛《このまのほしはこねのしかぶえ》」と云ふ脚本中の毒婦は色仕掛《いろじかけ》で欺した若旦那への愛想尽《あいそづか》しに「亭主があると明《あ》けすけに、言つてしまへば身も蓋《ふた》も、ないて頼んだ無心まで、ばれに成るのは知れた事、云はぬが花と実入《みい》りのよい大尽客《だいじんきやく》を引掛《ひつかけ》に、旅に出るのもあり
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