ヘ、他人種の芸術に類例を見ざる特徴であつて、所謂《いはゆる》「殺しの場」として黙阿弥劇中興味の大部分を占めてゐる事は、今更らしく論じ出すにも及ぶまい。
毒婦と盗人《ぬすびと》と人殺しと道行《みちゆき》とを仕組んだ黙阿弥劇は、丁度|羅馬《ロオマ》末代《まつだい》の貴族が猛獣と人間の格闘を見て喜んだやうに、尋常平凡の事件には興味を感ずる事の出来なくなつた鎖国の文明人が、仕度三昧《したいざんまい》の贅沢の揚句に案出した極端な凡ての娯楽的芸術を最も能く総括的に代表したものである。即ちあらゆる江戸文明の究極点は、此の劇的綜合芸術中に集注されてゐるのである。講談に於ける「怪談」の戦慄、人情本から味《あぢは》はれべき「濡《ぬ》れ場《ば》」の肉感的衝動の如き、悉《ことごと》く此れを黙阿弥劇の中《うち》に求むる事が出来る。三味線音楽が亦《また》この劇中に於て、如何に複雑に且つ効果鋭く応用されてゐるかは、已に自分が其の折々の劇評に論じた処である。「殺しの場」のやうな血腥《ちなまぐさ》き場面が、屡《しばしば》その伴奏音楽として用ひられる独吟と、如何に不思議なる詩的調和を示せるかを聞け。
以上は黙阿弥劇に現はれたロマンチックの半面であるが、其の写実的半面は狂言の本筋に関係のない仕出しの台詞《せりふ》や、其の折々の流行の洒落《しやれ》、又は狂言全体の時代と類型的人物の境遇等に於て窺ひ知られるのである。維新後零落した旗本の家庭、親の為めに身を売る娘、新しい法律を楯にして悪事を働く代言人、暴悪な高利貸、傲慢な官吏、淫鄙な権妻《ごんさい》、狡獪《かうくわい》な髪結《かみゆひ》等いづれも生々《いきいき》とした新しい興味を以て写し出されてゐる。黙阿弥の著作は幕末から維新以後に於ける東京下層社会の生活を研究するに最も適当な資料であらう。本所《ほんじよ》深川《ふかがは》浅草辺《あさくさへん》の路地裏には今もつて三四十年|前《まへ》黙阿弥劇に見るまゝの陰惨不潔無智なる生活が残存《ざんぞん》して居る。
虫干の縁先には尚《なほ》いろ/\の面白いものがあつた。大川筋《おおかはすぢ》の料理屋の変遷を知るに足るべき「開化三十六会席《かいくわさんじふろくくわいせき》」と題した芳幾《よしいく》の綿絵には、当時名を知られた芸者の姿を中心にして河筋の景色が描《ゑが》かれてある。自分は春信《はるのぶ》や歌麿《うたまろ》
前へ
次へ
全9ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
永井 荷風 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング