ちがつて、濃く深く澄みわたり、時には大空をなかば蔽ひかくす程な雲の一團が、風のない日にも折重つて移動して行くのを見るであらう。それに伴ひ玉蜀黍の茂つた葉の先やら、熟した其實を包む髯が絶えず動き戰《そよ》いでゐて、大きな蜻※[#「虫+廷」、第4水準2−87−52]《とんぼ》がそれにとまるかと見ればとまりかねて、飛んで行つたり飛んできたりしてゐる。一時《ひとしきり》夏のさかりには影をかくした蝶が再びひら/\ととびめぐる。蟷螂《かまきり》が母指《おやゆび》ほどの大きさになり、人の跫音をきゝつけ、逃るどころか、却て刃向ふやうな姿勢を取るのも、この時節である。
夏の中毎夜夕涼に出あるいてゐた癖がついてゐるので、この時節になつても、夕飯をすますときまつて外へ出る。知る人の家をたづね、久しく會はなかつた舊友に出會つたりして、思ひの外に夜をふかすやうな事がある。すると、其のかへり道、夜ふけの風がいつともなく涼しくなつてゐて、帽子をかぶつた額際も汗ばまず、おのづと歩みも輕くなるのに心づき、いよ/\今年の秋もふけかけて來たことを思知つて、音もせぬ風の音をきかうとするであらう。
わが家に辿りついて、机の
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