草紅葉
永井荷風
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)東葛飾《ひがしかつしか》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)余裕|頗《すこぶ》る
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から2字上げ]
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東葛飾《ひがしかつしか》の草深いあたりに仮住《かりずま》いしてから、風のたよりに時折東京の事を耳にすることもあるようになった。
わたくしの知っていた人たちの中で兵火のために命を失ったものは大抵浅草の町中に住み公園の興行ものに関与《たずさわ》っていた人ばかりである。
大正十二年の震災にも焼けなかった観世音《かんぜおん》の御堂《みどう》さえこの度はわけもなく灰になってしまったほどであるから、火勢の猛烈であったことは、三月九日の夜は同じでも、わたくしの家の焼けた山の手の麻布あたりとは比較にならなかったものらしい。その夜わたくしは、前々から諦めはつけていた事でもあり、随分悠然として自分の家と蔵書の焼け失《う》せるのを見定めてから、なお夜の明け放れるまで近隣の人たちと共に話をしていたくらいで、眉も焦
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