は痩せ細り、眼鏡をかけた皺の多い肉の落ちた顔ばかりを見ると、もう六十を越していたようにも思われた。夏冬ともシャツにズボンをはいているばかり。何をしていたものの成れの果やら、知ろうとする人も、聞こうとする人も無論なかったが、さして品のわるい顔立ではなかったので、ごろつきでも遊び人でもなく、案外堅気の商人であったのかも知れない。
オペラ館の風呂場は楽屋口のすぐ側にあった。楽屋口には出入する人たちがいつも立談《たちばなし》をしていた。他の芝居へ出ているものや、地方興行から帰って来た人たちが、内のものを呼び出して、出入口の戸や壁に倚《よ》りかかって話をしている事もあるし、時侯が暑くなると舞台で使う腰掛を持出して、夜昼となく大勢|交《かわ》る交《がわ》るに腰をかけて、笑い興じていることもあったが、しかし爺さんがその仲間に入って話をしている事は滅多になかった。この腰掛で若い者が踊子と戯れ騒ぐのさえ、爺さんは見馴れているせいか、何が面白いのだと言わぬばかりの顔附で見向きもしなかった。
寒くなると、爺さんは下駄棚のかげになった狭い通路の壁際で股火《またび》をしながら居睡《いねむり》をしているので、
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