鐘の声
永井荷風
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)麻布《あざぶ》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]
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住みふるした麻布《あざぶ》の家《いえ》の二階には、どうかすると、鐘の声の聞えてくることがある。
鐘の声は遠過ぎもせず、また近すぎもしない。何か物を考えている時でもそのために妨げ乱されるようなことはない。そのまま考に沈みながら、静に聴いていられる音色《ねいろ》である。また何事をも考えず、つかれてぼんやりしている時には、それがためになお更ぼんやり、夢でも見ているような心持になる。西洋の詩にいう揺籃《ゆりかご》の歌のような、心持のいい柔な響である。
わたくしは響のわたって来る方向から推測して芝山内《しばさんない》の鐘だときめている。
むかし芝の鐘は切通《きりどお》しにあったそうであるが、今はその処《ところ》には見えない。今の鐘は増上寺《ぞうじょうじ》の境内の、どの辺から撞き出されるのか。わたくしはこ
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