《かねあ》ひの使ひ分けむづかしむづかし。
一 読書は閑暇なくては出来ず、いはんや思索空想また観察においてをや。されば小説家たらんとするものはまづおのれが天分の有無《ゆうむ》のみならず、またその身の境遇をも併せ省《かえりみ》ねばならぬなり。行く行くは親兄弟をも養はねばならぬやうなる不仕合《ふしあわせ》の人は縦《たと》へ天才ありと自信するも断じて専門の小説家なぞにならんと思ふこと勿《なか》れ。小説は卑《いや》しみてこれを見れば遊戯雑技にも似たるもの、天性文才あらば副業となしてもまた文名をなすの期なしとせず。青春意気旺盛の頃一、二の著作評判よきに夢中となりその境遇をも顧みず文壇に乗出で、これからといふ肝腎《かんじん》な所にて衣食のために濫作し折角の文才もすさみ果て、末は新聞記者雑誌の編輯人なぞに雇はれ碌々《ろくろく》として一生を終るものあるを思はば、一たん正業に就きて文事に遠ざかるとも、やがて相応の身分となり幾分の余裕を得て後|再《ふたたび》筆を執るも何ぞ遅きにあらんや。平素その心を失はずば半生|世路《せろ》の辛苦は万巻の書を読破するにもまさりて真に深く人生に触れたる雄篇大作をなす基《もとい
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