ん》として草稿の辞句なぞ正したまはれといふものはなかりけり。これ浅学の余七年間大学部教授|並《ならび》に主筆の重職にありながら別に耻《はじ》一つかかずお茶を濁《にご》せし所以《ゆえん》ぞかし。道場破りの宮本武蔵《みやもとむさし》来らず、内弟子ばかりに取巻かれて先生々々といはれてゐれば剣術使も楽なもの。但しかういふ先生芝居ではいつも敵役《かたきやく》。華魁《おいらん》にはもてませぬテ。
一 おのれが観る処にして誤らずんば今日の青年作家は雑誌に名を出《いだ》さんがために制作するもの活字になる見込なければ制作の興会《きょうかい》は湧かぬと覚し。
一 どうやら隠居の口小言《くちこごと》のみ多くなりて肝腎の小説|作法《さくほう》はお留守になりぬ。初学者もし小説にでも書いて見たらばと思ひつく事ありたらばまづその思ふがままにすらすらと書いて見るがよし。しかして後|添刪《てんさく》推敲《すいこう》してまづ短篇小説十篇長篇小説二篇ほどは小手調《こてしらべ》筆ならしと思ひて公にする勿《なか》れ。その中《うち》自分にても一番よしと思ふものを取り丁寧に清書してもし私淑《ししゅく》する先輩あらばつてを求めてその
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