~に上《あが》っては、掛物と称する絵画と置物と称する彫刻品を置いた床《とこ》の間《ま》に、泥だらけの外套《がいとう》を投げ出し、掃き清めたる小庭に巻煙草の吸殻を捨て、畳の上に焼け焦《こが》しをなし、火鉢の灰に啖《たん》を吐くなぞ、一挙一動いささかも居室、家具、食器、庭園等の美術に対して、尊敬の意も愛惜の念も何にもない。軍人か土方《どかた》の親方ならばそれでも差支《さしつかえ》はなかろうが、いやしくも美と調和を口にする画家文士にして、かくの如き粗暴なる生活をなしつつ、毫《ごう》も己れの芸術的良心に恥《はず》る事なきは、実《げ》にや怪しともまた怪しき限りである。さればこれらの心なき芸術家によりて新に興さるる新しき文学、新しき劇、新しき絵画、新しき音楽が如何にも皮相的にして精神|気魄《きはく》に乏しきはむしろ当然の話である。当節の文学雑誌の紙質の粗悪に植字《しょくじ》の誤り多く、体裁の卑俗な事も、単に経済的事情のためとのみはいわれまい……。
閑話休題《あだしごとはさておきつ》。妾宅の台所にてはお妾が心づくしの手料理白魚の雲丹焼《うにやき》が出来上り、それからお取り膳《ぜん》の差しつ押えつ、
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