げ]
※[#歌記号、1−3−28]|春水《しゅんすい》が手錠はめられ海老蔵《えびぞう》は、お江戸かまひの「むかし」なら、わしも定めし島流し、硯《すずり》の海の波風に、命の筆の水馴竿《みなれざお》、折れてたよりも荒磯の、道理引つ込む無理の世は、今もむかしの夢のあと、たづねて見やれ思ひ寝の、手枕《たまくら》寒し置炬燵。
[#ここで字下げ終わり]
とやらかした。小走《こばし》りの下駄《げた》の音。がらりと今度こそ格子が明《あ》いた。お妾は抜衣紋《ぬきえもん》にした襟頸《えりくび》ばかり驚くほど真白に塗りたて、浅黒い顔をば拭き込んだ煤竹《すすだけ》のようにひからせ、銀杏返《いちょうがえ》しの両鬢《りょうびん》へ毛筋棒《けすじ》を挿込んだままで、直《す》ぐと長火鉢《ながひばち》の向うに据えた朱の溜塗《ためぬり》の鏡台の前に坐った。カチリと電燈を捻《ね》じる響と共に、黄《きいろ》い光が唐紙《からかみ》の隙間にさす。先生はのそのそ置炬燵から次の間へ這出《はいだ》して有合《ありあ》う長煙管《ながギセル》で二、三|服《ぷく》煙草を吸いつつ、余念もなくお妾の化粧する様子を眺めた。先生は女が髪を直す時の千姿
前へ
次へ
全44ページ中20ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
永井 荷風 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング