うら》を経たるこの種類の安物たるに過ぎないのである。

[#7字下げ]五[#「五」は中見出し]

 隣りの稽古唄《けいこうた》はまだ止《や》まぬ。お妾《めかけ》は大分化粧に念が入《い》っていると見えてまだ帰らない。先生は昔の事を考えながら、夕飯時《ゆうめしどき》の空腹《くうふく》をまぎらすためか、火の消えかかった置炬燵《おきごたつ》に頬杖《ほおづえ》をつき口から出まかせに、
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※[#歌記号、1−3−28]変り行く末の世ながら「いにしへ」を、「いま」に忍ぶの恋草《こいぐさ》や、誰れに摘《つ》めとか繰返し、うたふ隣のけいこ唄、宵はまちそして恨みて暁と、聞く身につらきいもがりは、同じ待つ間の置炬燵、川風寒き※[#「木+靈」、第3水準1−86−29]子窓《れんじまど》、急ぐ足音ききつけて、かけた蒲団の格子外《こうしそと》、もしやそれかとのぞいて見れば、河岸《かし》の夕日にしよんぼりと、枯れた柳の影ばかり。
[#ここで字下げ終わり]
 まだ帰って来ぬ。先生はもう一ツ、胸にあまる日頃の思いをおなじ置炬燵にことよせて、
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