十六、七のころ
永井荷風

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)閑文字《かんもじ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)その頃|市中《まちなか》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から2字上げ]
−−

 十六、七のころ、わたくしは病のために一時学業を廃したことがあった。もしこの事がなかったなら、わたくしは今日のように、老に至るまで閑文字《かんもじ》を弄《もてあそ》ぶが如き遊惰《ゆうだ》の身とはならず、一家の主人《あるじ》ともなり親ともなって、人間並の一生涯を送ることができたのかも知れない。
 わたくしが十六の年の暮、といえば、丁度日清戦役の最中《もなか》である。流行感冒に罹《かか》ってあくる年の正月一ぱい一番町の家の一間に寝ていた。その時雑誌『太陽』の第一号をよんだ。誌上に誰やらの作った明治小説史と、紅葉山人《こうようさんじん》の短篇小説『取舵』などの掲載せられていた事を記憶している。
 二月になって、もとのように神田の或中学校へ通ったが、一週間たたぬ中《うち》またわるくなって、今度は三月の末まで起きられなか
次へ
全11ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
永井 荷風 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング