~させた。有楽座《ゆうらくざ》帝国劇場歌舞伎座などを見物した帰りには必ず銀座のビイヤホオルに休んで最終の電車のなくなるのも構わず同じ見物帰りの友達と端《はて》しもなく劇評を戦わすのであった。上野の音楽学校に開かれる演奏会の切符を売る西洋の楽器店は、二軒とも人の知っている通り銀座通りにある。新しい美術品の展覧場《てんらんじょう》「吾楽《ごらく》」というものが建築されたのは八官町《はちかんちょう》の通りである。雑誌『三田文学』を発売する書肆《しょし》は築地《つきじ》の本願寺《ほんがんじ》に近い処にある。華美《はで》な浴衣《ゆかた》を着た女たちが大勢、殊に夜の十二時近くなってから、草花を買いに出るお地蔵《じぞう》さまの縁日《えんにち》は三十間堀《さんじっけんぼり》の河岸通《かしどおり》にある。
逢うごとにいつもその悠然たる貴族的態度の美と洗錬された江戸風の性行とが、そぞろに蔵前《くらまえ》の旦那衆を想像せしむる我が敬愛する下町《したまち》の俳人|某子《なにがしし》の邸宅は、団十郎《だんじゅうろう》の旧宅とその広大なる庭園を隣り合せにしている。高い土塀《どべい》と深い植込とに電車の響も自《お
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