つかり選択する事を忘れて居た。歌謡《うた》は要らない。節ばかりでもよい。直様《すぐさま》さう思つて、自分は先づ |la, la, la《ラーラーラー》……と声を出して見たが、其れさへも、どう云ふ節で歌つてよいのか又迷つた。
 自分は非常に狼狽して、頻《しきり》に何か覚えて居る節をば記憶から捜《さが》し出さうと試みた。紫色の波は朗かな自分の声の流出《ながれで》るのを、今か/\と待つやうに動き、星の光は若い女の眼の如くじれつたさうに輝いてゐる。
 自分は漸くカワレリヤ、ルスチカナの幕開《まくあ》きに淋しい立琴《アルプ》を合方《あひかた》にして歌ふシチリヤナの一節《ひとふし》を思付《おもひつ》いた。あの節の中《うち》には南伊太利亜《みなみイタリヤ》の燃える情と、又何処となしに孤島の淋しさが含まれて居て、声を長く引く調子の其れとなく、日本人の耳には船歌とも思はれるやうな処がある。航海する今の身の上、此の歌にしくものは有るまいと、自分は非常に勇立《いさみた》つて、先づ其の第一句を試みやうとしたが、O Lola, bianca come――と云ふ文句ばかりで其の後を忘れて了つた。
 あれは、自分が
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