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『つい此間、クリスマスの二三日|前《ぜん》の晩の事さ。西洋人に贈《や》る進物の見立をして貰ふには、長く居る金田君に限ると思つてね、彼方《あツチ》此方《こツち》とブロードウヱーの商店を案内して貰つた帰り、夜も晩くなるし、腹も空《す》いたから、僕は何の気なしに、近所の支那料理屋にでも行かうかと勧めると、先生は支那料理はいゝが、米の飯を見るのが厭だから……と云ふので、其《そ》のまゝ先生の案内で、何とか云ふ仏蘭西《フランス》の料理屋に這入《はい》つたのさ。葡萄酒が好きだね……先生は。忽ちコツプに二三杯干して了ふと、少し酔つたと見えて、ぢツと目を据ゑて、半分ほど飲残した真赤な葡萄酒へ電気燈の光を反射する色を見詰めて居たが、突然、
『君は両親とも御健在ですか。』と訊く。妙な男だと思ひながらも、
『えゝ、丈夫ですよ。』と答へると、俯向《うつむ》いて、
『私は……父はまだ達者ですが、母は私が学校を卒業する少し前に死亡《なくな》りました。』
僕は返事に困つて、飲みたくもない水を飲みながら其の場を紛らした。
『君の父親《フアーザー》は、酒を飲まれるのですか?』少時《しばらく》して又|訊出《きゝだ》す
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