たから、どうしたものかと、その相談に行こうと思ってたのさ。」
「なるほど。」と蘿月は頷付《うなず》いて、「そういう事なら打捨《うっちゃ》っても置けまい。もう何年になるかな、親爺《おやじ》が死んでから……。」
首を傾《かし》げて考えたが、お豊の方は着々話しを進めて染井の墓地の地代《じだい》が一坪《ひとつぼ》いくら、寺への心付けがどうのこうのと、それについては女の身よりも男の蘿月に万事を引受けて取計らってもらいたいというのであった。
蘿月はもと小石川表町《こいしかわおもてまち》の相模屋《さがみや》という質屋の後取息子《あととりむすこ》であったが勘当の末《すえ》若隠居の身となった。頑固な父が世を去ってからは妹お豊を妻にした店の番頭が正直に相模屋の商売をつづけていた。ところが御維新《ごいっしん》この方《かた》時勢の変遷で次第に家運の傾いて来た折も折火事にあって質屋はそれなり潰《つぶ》れてしまった。で、風流三昧《ふうりゅうざんまい》の蘿月はやむをえず俳諧《はいかい》で世を渡るようになり、お豊はその後《ご》亭主に死別れた不幸つづきに昔名を取った遊芸を幸い常磐津《ときわず》の師匠で生計《くらし》
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