を立てるようになった。お豊には今年十八になる男の子が一人ある。零落《れいらく》した女親がこの世の楽しみというのは全くこの一人息子|長吉《ちょうきち》の出世を見ようという事ばかりで、商人はいつ失敗するか分らないという経験から、お豊は三度の飯を二度にしても、行く行くはわが児《こ》を大学校に入れて立派な月給取りにせねばならぬと思っている。
蘿月|宗匠《そうしょう》は冷えた茶を飲干《のみほ》しながら、「長吉はどうしました。」
するとお豊はもう得意らしく、「学校は今夏休みですがね、遊ばしといちゃいけないと思って本郷《ほんごう》まで夜学にやります。」
「じゃ帰りは晩《おそ》いね。」
「ええ。いつでも十時過ぎますよ。電車はありますがね、随分|遠路《とおみち》ですからね。」
「吾輩《こちとら》とは違って今時の若いものは感心だね。」宗匠は言葉を切って、「中学校だっけね、乃公《おれ》は子供を持った事がねえから当節《とうせつ》の学校の事はちっとも分らない。大学校まで行くにゃまだよほどかかるのかい。」
「来年卒業してから試験を受けるんでさアね。大学校へ行く前に、もう一ツ……大きな学校があるんです。」お豊は
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