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またしても軽いバタバタが聞えて夢中になって声をかける見物人のみならず場中《じょうちゅう》一体が気色立《けしきだ》つ。それも道理だ。赤い襦袢《じゅばん》の上に紫繻子《むらさきじゅす》の幅広い襟《えり》をつけた座敷着の遊女が、冠《かぶ》る手拭《てぬぐい》に顔をかくして、前かがまりに花道《はなみち》から駈出《かけだ》したのである。「見えねえ、前が高いッ。」「帽子をとれッ。」「馬鹿野郎。」なぞと怒鳴《どな》るものがある。
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※[#歌記号、1−3−28]落ちて行衛《ゆくえ》も白魚《しらうお》の、舟のかがりに網よりも、人目いとうて後先《あとさき》に……
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女に扮《ふん》した役者は花道の尽きるあたりまで出て後《うしろ》を見返りながら台詞《せりふ》を述べた。その後《あと》に唄《うた》がつづく。
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※[#歌記号、1−3−28]しばし彳《たたず》む上手《うわて》より梅見返《うめみがえ》りの舟の唄。※[#歌記号、1−3−28]忍ぶなら忍ぶなら闇《やみ》の夜は置かしやんせ、月に
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