揚弓店《ようきゅうてん》の汚《きたな》らしい裏手がつづいて見える。屋根の低い片側町《かたかわまち》の人家は丁度|後《うしろ》から深い溝の方へと押詰められたような気がするので、大方そのためであろう、それほどに混雑もせぬ往来がいつも妙に忙《いそが》しく見え、うろうろ徘徊《はいかい》している人相《にんそう》の悪い車夫《しゃふ》がちょっと風采《みなり》の小綺麗《こぎれい》な通行人の後《あと》に煩《うるさ》く付き纏《まと》って乗車を勧《すす》めている。長吉はいつも巡査が立番《たちばん》している左手の石橋《いしばし》から淡島《あわしま》さまの方までがずっと見透《みとお》される四辻《よつつじ》まで歩いて来て、通りがかりの人々が立止って眺めるままに、自分も何という事なく、曲り角に出してある宮戸座《みやとざ》の絵看板《えかんばん》を仰いだ。
 いやに文字《もんじ》の間《あいだ》をくッ付けて模様のように太く書いてある名題《なだい》の木札《きふだ》を中央《まんなか》にして、その左右には恐しく顔の小《ちいさ》い、眼の大《おおき》い、指先の太い人物が、夜具をかついだような大《おおき》い着物を着て、さまざまな誇張
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