縮緬《ちりめん》の風呂敷《ふろしき》につつんだ菓子折を出した。長吉は呆気《あっけ》に取られたさまで物もいわずにお糸の姿を目戍《みまも》っている。母親もちょっと烟《けむ》に巻かれた形で進物《しんもつ》の礼を述べた後、「きれいにおなりだね。すっかり見違えちまったよ。」といった。
「いやにふけ[#「ふけ」に傍点]ちまったでしょう。皆《みんな》そういってよ。」とお糸は美しく微笑《ほほえ》んで紫《むらさき》縮緬の羽織の紐の解けかかったのを結び直すついでに帯の間から緋天鵞絨《ひびろうど》の煙草入《たばこいれ》を出して、「おばさん。わたし、もう煙草|喫《の》むようになったのよ。生意気でしょう。」
今度は高く笑った。
「こっちへおよんなさい。寒いから。」と母親のお豊は長火鉢の鉄瓶《てつびん》を下《おろ》して茶を入れながら、「いつお弘《ひろ》めしたんだえ。」
「まだよ。ずっと押詰《おしづま》ってからですって。」
「そう。お糸ちゃんなら、きっと売れるわね。何しろ綺麗《きれい》だし、ちゃんともう地《じ》は出来ているんだし……。」
「おかげさまでねえ。」とお糸は言葉を切って、「あっちの姉さんも大変に喜んでた
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