わ。私なんかよりもっと大きなくせに、それァ随分出来ない娘《こ》がいるんですもの。」
「この節《せつ》の事《こっ》たから……。」お豊はふと気がついたように茶棚から菓子鉢を出して、「あいにく何《なん》にもなくって……道了《どうりょう》さまのお名物だって、ちょっとおつなものだよ。」と箸《はし》でわざわざ摘《つま》んでやった。
「お師匠《っしょ》さん、こんちは。」と甲高《かんだか》な一本調子で、二人《ふたり》づれの小娘が騒々しく稽古《けいこ》にやって来た。
「おばさん、どうぞお構いなく……。」
「なにいいんですよ。」といったけれどお豊はやがて次の間《ま》へ立った。
 長吉は妙に気《き》まりが悪くなって自然に俯向《うつむ》いたが、お糸の方は一向変った様子もなく小声で、
「あの手紙届いて。」
 隣の座敷では二人の小娘が声を揃《そろ》えて、嵯峨《さが》やお室《むろ》の花ざかり。長吉は首ばかり頷付《うなずか》せてもじもじ[#「もじもじ」に傍点]している。お糸が手紙を寄越《よこ》したのは一《いち》の酉《とり》の前《まえ》時分《じぶん》であった。つい家《うち》が出にくいというだけの事である。長吉は直様《す
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