》冬のはじめに、長吉はこの鈍《にぶ》い黄《きいろ》い夜明《よあけ》のランプの火を見ると、何ともいえぬ悲しい厭《いや》な気がするのである。母親はわが子を励ますつもりで寒そうな寝衣姿《ねまきすがた》のままながら、いつも長吉よりは早く起きて暖い朝飯《あさめし》をばちゃんと用意して置く。長吉はその親切をすまないと感じながら何分《なにぶん》にも眠くてならぬ。もう暫《しばら》く炬燵《こたつ》にあたっていたいと思うのを、むやみと時計ばかり気にする母にせきたてられて不平だらだら、河風《かわかぜ》の寒い往来《おうらい》へ出るのである。或時はあまりに世話を焼かれ過《すぎ》るのに腹を立てて、注意される襟巻《えりまき》をわざと解《と》きすてて風邪《かぜ》を引いてやった事もあった。もう返らない幾年か前|蘿月《らげつ》の伯父につれられお糸も一所《いっしょ》に酉《とり》の市《いち》へ行った事があった……毎年《まいとし》その日の事を思い出す頃から間《ま》もなく、今年も去年と同じような寒い十二月がやって来るのである。
長吉は同じようなその冬の今年と去年、去年とその前年、それからそれと幾年も溯《さかのぼ》って何心なく考
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