しゅ》の経歴ある女との心理を比較した。学校の教師のような人と蘿月伯父さんのような人とを比較した。
 午頃《ひるごろ》まで長吉は東照宮《とうしょうぐう》の裏手の森の中で、捨石《すていし》の上に横《よこた》わりながら、こんな事を考えつづけた後《あと》は、包《つつみ》の中にかくした小説本を取出して読み耽《ふけ》った。そして明日《あした》出すべき欠席届にはいかにしてまた母の認印《みとめいん》を盗むべきかを考えた。

      五

 一《ひと》しきり毎日毎夜のように降りつづいた雨の後《あと》、今度は雲一ツ見えないような晴天が幾日と限りもなくつづいた。しかしどうかして空が曇ると忽《たちま》ちに風が出て乾ききった道の砂を吹散《ふきちら》す。この風と共に寒さは日にまし強くなって閉切《しめき》った家の戸や障子《しょうじ》が絶間《たえま》なくがたりがたりと悲しげに動き出した。長吉は毎朝七時に始《はじま》る学校へ行くため晩《おそ》くも六時には起きねばならぬが、すると毎朝の六時が起《おき》るたびに、だんだん暗くなって、遂には夜と同じく家の中には燈火《ともしび》の光を見ねばならぬようになった。毎年《まいとし
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