吉は浜町《はまちょう》の横町をば次第に道の行くままに大川端《おおかわばた》の方へと歩いて行った。いかほど機会を待っても昼中《ひるなか》はどうしても不便である事を僅《わず》かに悟り得たのであるが、すると、今度はもう学校へは遅くなった。休むにしても今日の半日、これから午後の三時までをどうして何処《どこ》に消費しようかという問題の解決に迫《せ》められた。母親のお豊《とよ》は学校の時間割までをよく知抜《しりぬ》いているので、長吉の帰りが一時間早くても、晩《おそ》くても、すぐに心配して煩《うるさ》く質問する。無論長吉は何とでも容易《たやす》くいい紛《まぎ》らすことは出来ると思うものの、それだけの嘘《うそ》をつく良心の苦痛に逢《あ》うのが厭《いや》でならない。丁度来かかる川端には、水練場《すいれんば》の板小屋が取払われて、柳の木蔭《こかげ》に人が釣《つり》をしている。それをば通りがかりの人が四人も五人もぼんやり立って見ているので、長吉はいい都合だと同じように釣を眺める振《ふり》でそのそばに立寄ったが、もう立っているだけの力さえなく、柳の根元の支木《ささえぎ》に背をよせかけながら蹲踞《しゃが》んでし
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